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2019年01月08日(火)出発
知られざる太平洋の島々
映画『バウンティ号の反乱』の舞台ピトケアン島と
フランス領ポリネシアの魅力的な島々

アラヌイ5号で行く
ピトケアン島と
フランス領ポリネシアの
知られざる島ラパ島
19日間

エア・タヒチヌイ利用

ここがポイント!

ピトケアン島への船旅

   豪華貨客船アラヌイ5号クルーズ
    ソシエテ諸島〜トゥアモトゥ諸島〜ガンビエ諸島〜ピトケアン島〜
     オーストラル諸島を周遊する夢のクルーズです。


2019年の特別スケジュール
 01/10: パペーテを出港
 01/11: トゥアモトゥ諸島アナア島に寄港
 01/12: トゥアモトゥ諸島のアマヌ島に寄港
 01/13: 終日、航海
 01/14: ガンビエ諸島のマンガレヴァ島に寄港
 01/15: イギリス領ピトケアン島に上陸
 01/16: イギリス領ピトケアン島を出港
 01/17: ガンビエ諸島のアウケナ島に寄港
 01/18: 終日、航海
 01/19: オーストラル諸島のラパ(ラパ・イチ)島に上陸
 01/20: オーストラル諸島のラパ(ラパ・イチ)島を出港
 01/21: オーストラル諸島のライヴァヴァエ島に寄港
 01/22: パペーテに帰港



 
<左: 定期便のMVクレイモアII世号/右: ピトケアン島が見えてきた!>

船でしか行けない国・地域シリーズ

フランス領ポリネシア(タヒチ)の“国内”で活躍する貨客船『アラヌイ5号』
2019年1月に、ピトケアン島とラパ島へのクルーズ・ツアーを催行します。
ソシエテ諸島のタヒチ島を出発し、トゥアモトゥ諸島、ガンビエ諸島を経由してピトケアン島へ。
途中、トゥアモトゥ諸島のアナア島とアマヌ島、ガンビエ諸島のマンガレヴァ島に寄港します。
ピトケアン島には1泊2日停泊し、乗客はピトケアン島の史跡や自然を観光することができます。
その後、ガンビエ諸島のアウケナ島を経由してオーストラル諸島へ。
オーストラル諸島では、船でしか行くことの出来ない、ラパ島、ライヴァヴァエ島を訪れ舞うs。


英国の海外領土のピトケアン諸島。
ピトケアン諸島は、ピトケアン島、ヘンダーソン島、デュシーおよびオエノ諸島という3つのグループで構成されています。
主島であるピトケアン島にも空港がありませんので、訪問手段は、船ということになります。
いままではチャーター・ヨットや、年に数回の不定期に就航する貨客船でしか、行かれなかったピトケアン島に、現在は定期航路が就航しています。
ガンビエ諸島のマンガレヴァ島リキテア埠頭から
MVクレイモア号が定期的に就航しています。
貨客船がのんびりと青い海と青い空との間を、ゆっくりと波を立てて走る、それがピトケアンの旅です。


◎◎◎ ピトケアン豆知識 ◎◎◎
南太平洋に浮かぶ英国の海外領土『ピトケアン諸島』
ピトケアン諸島は、3つのグループ『
ピトケアン島』と『ヘンダーソン島』そして『デュシーおよびオエノ諸島』で構成されています。

1767年(日本では明和4年/10代将軍徳川家治の治世)、のちにアメリカ独立戦争のバンカーヒルの戦いで壮絶な戦死をとげた英国海軍士官候補生(当時)ロバート・ピトケアンによって、発見されました。
この島は映画にもなった『
バウンティ号の反乱』の舞台となりました。
面積は5?。世界の独立国・非独立地域をあわせた『くに』で、バチカン、モナコについで3番目に小さい地域です。
人口は2011年4月現在48人と言われており、世界で最も人口が少ない国・地域です。
ある事件を境に『開国』し、現在ではフランス領ポリネシアのマンガレヴァ島との間に航路が開かれています。
また、テレビ・ラジオ普及率0パーセントに対し、インターネット普及率100%という、非常に珍しい地域です。
通貨はニュージーランド・ドル、島の総督は英国からニュージーランドに派遣された高等弁務官が兼ねています。
島の産業は漁業と農業の物々交換、対外的にはドメイン貸出、蜂蜜、切手などがあります。
島にはホテル・旅館・民宿はなく、ホームステイとなります。
タクシーはバギー、大きな船は接岸できないのでロングボートで貨客船と港の間を送迎します。


☆☆☆バウンティ号の反乱☆☆☆
バウンティ号とは・・・
バウンティ号は、もともと貨物船であったものを、西インド諸島の労働者の食糧にするためのパンノキを、タヒチ島から西インド諸島に輸送する目的で一時的に軍艦に仕立て上げた船でした。
バウンティ号は1787年(日本では天明7年/11代将軍徳川家斉の治世)12月23日、艦長ウィリアム・ブライ、フレッチャー・クリスチャン以下航海士3人、准士官11人、士官候補生6人、下士官14人、水兵11人の総勢46人を乗せて英国のポーツマスを出発しました。
当初は南米経由でタヒチに向かう予定でしたが、荒天のため進路を変え、喜望峰、タスマニア沖、ニュージーランド南島沖を経て1788年10月26日に
タヒチ島に到着しました。
その後、パンノキその他を搭載するために同地に滞在し、クリスチャンは現地の女性と恋に落ち、他の船員も楽園のような南の島でののんびりした生活を楽しみました。


反乱
1789年4月4日、タヒチを出航したバウンティ号は、喜望峰を経由して西インド諸島(カリブ海諸島)をめざして航行していましたが、4月28日にフレンドリー諸島(現在のトンガ)で反乱が勃発。途中で死亡した2人を除き、乗船していた44人のうち、航海長並のクリスチャン以下12人が反乱を起こし、ブライ以下19人を救命ボートに乗せて追放しました。
非反乱者13人は船に残され、反乱者12人との総勢25人は、ツブアイ諸島に3カ月ほど滞在したのち、タヒチ島に戻りました。
16人がタヒチに残り、クリスチャンを筆頭に8人の反乱者は男性6人/女性11人/乳児1人の計16人のタヒチ人を船に乗せ、フィジー、クック諸島を経由し、1790年1月15日に無人島
ピトケアン島に到着しました。彼らはバウンティ号を解体し、その資材を活用して生活を始めました。
パンノキの過剰搭載で船員の生活空間が確保できなかったことや、ブライに人望がなかったこと、タヒチでの楽園の生活から劣悪な状況での過酷な航海に耐えられなくなったこと、さまざまな要因が重なったうえ、航海士フレッチャー・クリスチャンに人望が集まっていたことで、反乱が起きやすい状況ができていたのかもしれません。

沈静

一方、追放されたブライ以下は西に向かい、41日かけトーレス海峡を通り、チモールに到着しました。
1790年3月15日に英国に帰着したブライは反乱を報告。
同年11月にはバウンティ号捜索と反乱の鎮圧のため、パンドラ号が英国を出発。
1791年3月にタヒチ島で14人のバウンティ号の元乗組員を逮捕し、囚人として同乗させ、更にバウンティ号を捜索しましたが、パンドラ号は同年8月にグレート・バリア・リーフ近海で座礁・沈没、31人の乗組員と4人の囚人が命を落としました。結局、海図に載っていないピトケアン島を発見することはできませんでした。
英国に戻った囚人10人のうち3人が死刑、4人が無罪、2人が有罪になるも恩赦で釈放、1人が法的に立件できずに釈放。ブライは艦長職にとどまりますが、のちに豪州で『ラム酒の乱』を招き、その名声は地に落ちます。
ピトケアン島に辿りついた反乱者は、その後歴史から姿を消します。

ピトケアン島では・・・
1808年(日本では文化5年/11代将軍徳川家斉の治世)1月、アメリカ船トパーズ号がピトケアン島に上陸。
バウンティ号の水夫であったジョン・アダムスのみが存命で、あとは反乱者と反乱者が募集あるいは拉致してきたタヒチ人との子孫が生活をしていました。ジョン・アダムス以外の反乱者は、病気や事故、自殺、他殺などで既に死亡していました。フレッチャー・クリスチャンも1793年9月20日に殺害されていました。
1825年(日本では文政8年/家斉の治世)にジョン・アダムスは恩赦となり、1838年(日本では天保9年/12代将軍徳川家慶の治世)にピトケアン島と周辺の島々は、英国の海外領土となりました。
1856年と1937年には、バウンティ号の反乱者の子孫たちが、ニュージーランドや、オーストラリア領の
ノーフォーク島に移住しています。現在は50名足らずの島民がピトケアン島で生活しています。

伝説
フレッチャー・クリスチャンには、英国の捕鯨船で島を脱出し、英国に戻ったなどという伝説が残っています。義経伝説や西郷星伝説のように、悲劇の武将としてのイメージがあったのかもしれません。
また、ピトケアン島の、水平線を望める岩場にある洞窟は、フレッチャー・クリスチャンがいつも海を見に来ていた場所と言われ、『
クリスチャン洞窟』と呼ばれています。

最後の生存者ジョン・アダムス
ジョン・アダムスは変名アレキサンダー・スミス。 英国により1825年に恩赦を受けたジョン・アダムスは、英国のテムーズ川上流地域の出身者と言われています。
バウンティ号の反乱から4年、アダムズを含む4人を残して反乱者は死に絶え、間もなく残り3人も自殺、粛清、病気で倒れ、ポリネシア人や反乱者とポリネシア人女性との間に生まれた子供たちの首長になります。
聖書を教科書に子供たちに読み書きを教え、信心深い生活を送っていました。1825年に恩赦を受け、その4年後に世を去りますが、島の集落(首府)には彼の名を冠しアダムスタウンという名前がつきました。



★注意★
  日本出発前にピトケアン政庁に事前連絡と上陸許可申請が必要となります。
  ご出発可能日の3〜2か月前にお申し込み下さい。
  ピトケアン入国予定日+6カ月+2週間以上、残存有効期間のある旅券が必要です。
 ※査証は不要となりました。

<観光の見どころ>
アラヌイ5号: アラヌイとは『大いなる道』という意味です。
 フランス領ポリネシアの島々に生活物資を届ける貨客船です。
 貨物室のキャパシティは3,300t。食品・食材、生活用品から建材まで運びます。
 帰りは島々の収入源であるコプラを積んで戻るのが常です。
 客室棟は9層になっており、施設・設備は限られますが、まるでクルーズ客船のようです。
 2階から9階まで、乗客のニーズに合わせた様々なカテゴリーのキャビンがあります。
 フロント/レセプションは3階、レストランは5階、ラウンジは6階、スイミングプールは7階、
 バーは9階にあります。

アナア島: 
 アナア島はトゥアモトゥ諸島の北西部に位置する環礁で、面積は38平方キロメートルです。
 長さ29.5km、幅6.5kmの楕円形をしています。環礁には500人ほどが暮らしています。

アマヌ島
 アマヌ島はトゥアモトゥ諸島の東部に位置する環礁で、面積は15.55平方キロメートルです。
 長さ32km、幅10kmの楕円形をしています。環礁には200人ほどが暮らしています。

マンガレヴァ島
 マンガレヴァ島はガンビエ諸島の主島で、面積は15.4平方キロメートルです。ガンビア諸島は
 珊瑚礁の内海に島々が浮かぶ一種の据礁で、マンガレヴァ島ものひとつです。
 1834年(天保5年。仁孝天皇の御代。江戸幕府第十一代将軍・徳川家斉の治世)にカトリックの
 宣教師が渡来し、積極的な布教が行われました。リキテアの村に立派な教会が建立されたのは
 そのためです。現在の人口は1200人ほどです。ピトケアン島への定期貨客船の拠点です。

アウケナ島
 
アウケナ島はガンビエ諸島に属する島で、面積は1.35平方キロメートルです。
 長さは2.5km、幅は0.5kmの小さな島です。宣教師の積極的な布教はこの島にも及んだため、
 辺境の地に不似合な教会のほか、砦や望楼、Re'e 神学校(ガンビエ諸島で初めての学校)等、
 いろいろなみどころが点在しています。人口は50人足らずです。海岸を見守る望楼の跡から
 カマカ島、マヌイ島を見ることができます。

ラパ(ラパ・イチ)島
 フランス領ポリネシアの南端の島で、他の島々から隔絶された海域に、最南端マロチリ島と
 寄り添うように浮かんでいます。現在はチリに属するイースター島は、別名ラパ・ヌイつまり
 大きなラパ。この島はラパ・イチすなわち小さなラパと呼ばれています。両者の関係について
 ラパ・ヌイの島民の先祖はラパ・イチから渡来したという伝説が残されています。この島には
 飛行場がなく、年に数回、生活物資を運ぶ不定期の貨客船が就航するのみです。

ライヴァヴァエ島
 ライヴァヴァエ島は、オーストラル諸島に属する島で、面積は14.95平方キロメートルです。
 珊瑚礁の内海(ラグーン)に火山島が浮かぶ据礁です。島の最高峰の火山は標高437mです。
 この島にも他のフランス領ポリネシアの島々と同じように、マラエと呼ばれる神域があり、
 かつてはその神域には、ティキ像が祀られていました。そのうちの一つは、現在、タヒチ島で
 見ることができます。人口は約1000人です。



 
<左: ピトケアン島上陸ポイント/右: 高台から望む太平洋>
 
<左: 島の周囲は奇岩怪石の宝庫/右: 首府アダムスタウン遠望>
 
<左: バウンティ号の大砲の/右: バウンティ号の碇の>
 
<左: バウンティ湾遠望/右: クリスチャン洞窟>
 
<左: ジョン・アダムスのお墓/右: アダムスタウンの教会>
 
<左: 島の伝統家屋とクリスチャン洞窟のある山/右: 線刻画(ペトログリフス)


仏領ポリネシア

 
<左: マンガレヴァ島リキテアの教会/右: リキテアの要塞史跡>

 
<マンガレヴァ島からサンゴ礁のラグーンを望む(ガンビエ諸島観光課ご寄贈)>




<手配旅行です>

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<01日目>2019年01月08日(火)
■行程: 成田空港⇒パペーテ
・・手続: 搭乗手続〜安全検査/出国
※移動: エア・タヒチヌイで空路、フランス領ポリネシアの首府パペーテ(タヒチ)へ。
 TN−077 成田空港    17:40→パペーテ    09:40
  ----------------------国際日付変更線通過------------------------
・・手続: 入国〜受託荷物引取〜通関を済ませ、出口へ。
*出迎: 現地係員が空港にてお出迎え致します。
*送迎: 混載の送迎車で空港からホテルへ。
・・備考: お部屋は午後からご利用頂けます。大きなお荷物はフロントへ。
・・昼食: 含まれません。各自、現地清算でお召し上がり下さい。
・・夕食: 含まれません。各自、現地清算でお召し上がり下さい。
*宿泊: ロイヤル・タヒチアン(スタンダード部屋)または同等
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<02日目>01月09日(水)
■行程: パペーテ
*朝食: ホテル
*観光: 貸切車でタヒチ・ヌイの見どころを周ります。
 ◎
タヒチ博物館
  フランス領ポリネシアの歴史・文化・民俗など、展示品が充実しています。
  崇拝の対象となったティキ像や、航海術、生活文化のコーナーは必見です。
 ◎
アラフラフのマラエ
  フランス領ポリネシアをはじめ、ポリネシア文化圏に共通する祭祀遺跡です。
  前庭の三日月眼のティキ像は、もともとライヴァヴァエ島にあったものです。
 〇
マハイアテアのマラエ
  タヒチ・ヌイ南部に位置する祭祀遺跡。キャプテン=ジェームズ・クックの
  上陸時に確認された際は巨大な石の建造物でした。いまは痕跡のみ残ります。
 〇
ヴィーナス岬
  1769年にキャプテン=ジェームズ・クックが、金星の太陽面移動を観測
  した場所として知られています。黒砂のビーチに白亜の灯台が建っています。
 〇
ポマレ五世の墓
  タヒチのポマレ王朝の最後の君主、ポマレ五世のお墓で、ポマレ二世建立の
  教会の地続きの一角にあります。頂部の酒瓶のような置物は骨壺に由来とか。
*昼食: お弁当 または ローカル・レストラン
 ◎ル・ロット:
  パペーテの町
*夕食: タヒチ名物の屋台村 ル・ロットにご案内致します。
*宿泊: ロイヤル・タヒチアン(スタンダード部屋)または同等
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<03日目>01月10日(木)|航海01日目
■行程: パペーテ〜
*朝食: ホテル
*送迎: 送迎車でホテルからクルーズ船の港へ。
・・手続: 乗船手続
*航海: パペーテを出発。いよいよ知られざるポリネシアの島々に向かいます。
*昼食: 船内食
*夕食: 船内食
*宿泊: アラヌイ5 ARANUI 5 (スタンダード部屋/スーペリア部屋)
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<04日目>01月11日(金)|航海02日目
■行程: 〜アナア島(トゥアモトゥ諸島)〜
*朝食: 船内食
*行楽: トゥアモトゥ諸島のアナア島 Anaa に寄港し、観光します。
 〇
アナア島の集落: 伝統の槍投げのデモンストレーション。体験してみましょう。
 〇
アナア島の工房: 伝統の手工芸の工房または民家の作業台で見学/体験
 〇
アナア島の漁港: アナア島で行われているエコな漁業を見学します。
*昼食: 船内食
*夕食: 船内食
*宿泊: アラヌイ5 ARANUI 5 (スタンダード部屋/スーペリア部屋)
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<05日目>01月12日(土)|航海03日目
■行程: 〜アマヌ島(トゥアモトゥ諸島)〜
*朝食: 船内食
*行楽: トゥアモトゥ諸島のアマヌ島 Amanu に寄港し、観光します。
 〇
アマヌ島のラグーン: ヤシの木に囲まれたのどかで透明なラグーンを見学
 〇
アマヌ島の集落: 素朴な島民の集落を訪れます。ライフスタイルを見学します。
 〇
アマヌ島の民家: 民家で伝統的に作られている地元の工芸品を見学します。
*昼食: 船内食
*夕食: 船内食
*宿泊: アラヌイ5 ARANUI 5 (スタンダード部屋/スーペリア部屋)
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<06日目>01月13日(日)|航海04日目
■行程: 〜(航海)〜
*朝食: 船内食
*航海: 終日、南太平洋を航海
*昼食: 船内食
*夕食: 船内食
*宿泊: アラヌイ5 ARANUI 5 (スタンダード部屋/スーペリア部屋)
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<07日目>01月14日(月)|航海05日目
■行程: 〜マンガレヴァ島(ガンビエ諸島)〜
*朝食: 船内食
*行楽: ガンビエ諸島のマンガレヴァ島に寄港し、観光します。
 〇
聖ミッシェル・カトリック教会: 内部拝観。真珠貝で装飾された祭壇がみごと
 〇
要塞跡: 主邑リキテア村の村はずれに、物見塔などの要塞の遺跡があります。
 〇
リキテア村: 学校をはじめ、植民地時代の石造りの建造物が残されています。
・・手続: 状況により、出国審査を受けます。
*昼食: 船内食
*夕食: 船内食
*宿泊: アラヌイ5 ARANUI 5 (スタンダード部屋/スーペリア部屋)
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<08日目>01月15日(火)|航海06日目
■行程: 〜ピトケアン島(〜)
≪船内泊の場合≫
*朝食: 船内食
・・手続: イギリス領ピトケアン諸島の主島ピトケアン島に上陸、入国手続
*行楽: ピトケアン島を観光します。
 〇
バウンティ湾: 大きな船は接岸できず、荷降し/荷積みの際に小型ボートが活躍
 〇
バウンティ号の反乱者の上陸地点: 反乱者が上陸した“建国神話の舞台”
 〇
アダムズタウン: 英領ピトケアン諸島の首府。50数名の島民が住む世界最小の首府。
 〇
アダムズタウンの民家: 反乱の最後の生存者ジョン・アダムズの名を冠した集落を散策。
 〇
反乱者の子孫: ピトケアン島に住む50数名の島民は、すべて反乱者の子孫です。
 〇
クリスチャンの洞窟: 反乱のリーダーで、一時、島の洞窟を寓居としたと言われています。
 〇
骨董品販売: 常設ではありませんが、島に伝わる古道具などが街中で売られています。
 〇
ジョン・アダムズ墓: 無学だが信心深い島の“始祖王”。聖書を使い、子供たちに字を教え、  最後まで生き残ったアダムズの墓。1829年(文政12年。仁孝天皇の御代。江戸幕府第十一代   将軍・徳川家斉の治世)に亡くなり、島に埋葬されました。
 〇
資料館: 反乱から現在に至る島の歴史や民俗に関する史料が展示されています。
*昼食: お弁当(ピクニック)
*夕食: 船内食
*宿泊: アラヌイ5 ARANUI 5 (スタンダード部屋/スーペリア部屋)
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≪ピトケアン島泊の場合 ・・
追加料金が必要です。
*朝食: 船内食
・・手続: イギリス領ピトケアン諸島の主島ピトケアン島に上陸、入国手続
*行楽: ピトケアン島を観光します。
 〇
バウンティ湾: 大きな船は接岸できず、荷降し/荷積みの際に小型ボートが活躍
 〇
バウンティ号の反乱者の上陸地点: 反乱者が上陸した“建国神話の舞台”
 〇
アダムズタウン: 英領ピトケアン諸島の首府。50数名の島民が住む世界最小の首府。
 〇
アダムズタウンの民家: 反乱の最後の生存者ジョン・アダムズの名を冠した集落を散策。
 〇
反乱者の子孫: ピトケアン島に住む50数名の島民は、すべて反乱者の子孫です。
 〇
クリスチャンの洞窟: 反乱のリーダーで、一時、島の洞窟を寓居としたと言われています。
 〇
骨董品販売: 常設ではありませんが、島に伝わる古道具などが街中で売られています。
 〇
ジョン・アダムズ墓: 無学だが信心深い島の“始祖王”。聖書を使い、子供たちに字を教え、  最後まで生き残ったアダムズの墓。1829年(文政12年。仁孝天皇の御代。江戸幕府第十一代   将軍・徳川家斉の治世)に亡くなり、島に埋葬されました。
 〇
資料館: 反乱から現在に至る島の歴史や民俗に関する史料が展示されています。
*昼食: お弁当(ピクニック)
*夕食: ツーリスト旅館
*宿泊: ツーリスト旅館
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<09日目>01月16日(水)|航海07日目
■行程: (〜)ピトケアン島〜
≪船内泊の場合≫
*朝食: 船内食
*航海: 終日、南太平洋を航海
*昼食: 船内食
*夕食: 船内食
*宿泊: アラヌイ5 ARANUI 5 (スタンダード部屋/スーペリア部屋)
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≪ピトケアン島泊の場合≫
*朝食: ツーリスト旅館
・・手続: 乗船手続/出国手続
*昼食: 船内食
*夕食: 船内食
*宿泊: アラヌイ5 ARANUI 5 (スタンダード部屋/スーペリア部屋)
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<10日目>01月17日(木)|航海08日目
■行程: 〜アウケナ島(ガンビエ諸島)〜
*朝食: 船内食
*行楽: ガンビエ諸島のアウケナ島に寄港し、観光します。
 〇
ラグーン: アウケナ島の手つかずのラグーンは太古さながらの美しさと言われます。
 〇
黒真珠養殖場: フランス領ポリネシアの名物である黒真珠養殖場を見学します。
 〇
アウケナ島の集落: アウケナ島の素朴な集落や民家を見ながら散策します。
*昼食: 船内食
*夕食: 船内食
*宿泊: アラヌイ5 ARANUI 5 (スタンダード部屋/スーペリア部屋)
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<11日目>01月18日(金)|航海09日目
■行程: 〜(航海)〜
*朝食: 船内食
*航海: 終日、南太平洋を航海
*昼食: 船内食
*夕食: 船内食
*宿泊: アラヌイ5 ARANUI 5 (スタンダード部屋/スーペリア部屋)
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<12日目>01月19日(土)|航海10日目
■行程: 〜ラパ島=ラパ・イチ島(オーストラル諸島)(〜)
≪船内泊の場合≫
*朝食: 船内食
*行楽: オーストラル諸島のラパ(ラパ・イチ)島に上陸し、観光します。
 〇
洞窟: イースター島(ラパ・ヌイ)との関連があるとされるラパ島の洞窟を訪れます。
 〇
農業センター: ラパ島は絶海の孤島。自給自足のための農業センターを見学します。
 〇
ラパ島の集落: 飛行機が就航していないオーストラル諸島の孤島の暮らしを垣間見ます。
*昼食: お弁当(ピクニック)
*夕食: 船内食
*宿泊: アラヌイ5 ARANUI 5 (スタンダード部屋/スーペリア部屋)
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≪ラパ島泊の場合 ・・・
追加料金が必要です。
*朝食: 船内食
*行楽: オーストラル諸島のラパ(ラパ・イチ)島に上陸し、観光します。
 〇
洞窟: イースター島(ラパ・ヌイ)との関連があるとされるラパ島の洞窟を訪れます。
 〇
農業センター: ラパ島は絶海の孤島。自給自足のための農業センターを見学します。
 〇
ラパ島の集落: 飛行機が就航していないオーストラル諸島の孤島の暮らしを垣間見ます。
*昼食: お弁当(ピクニック)
*夕食: 民宿
*宿泊: 民宿(ベーシック部屋/スタンダード部屋/スーペリア部屋)
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<13日目>01月20日(日)|航海11日目
■行程: (〜)ラパ島=ラパ・イチ島(オーストラル諸島)〜
≪船内泊の場合≫
*朝食: 船内食
*航海: 終日、南太平洋を航海
*昼食: 船内食
*夕食: 船内食
*宿泊: アラヌイ5 ARANUI 5 (スタンダード部屋/スーペリア部屋)
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≪ラパ島泊の場合≫
*朝食: 民宿
・・乗船
*昼食: 船内食
*夕食: 船内食
*宿泊: アラヌイ5 ARANUI 5 (スタンダード部屋/スーペリア部屋)
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<14日目>01月21日(月)|航海12日目
■行程: 〜ライヴァヴァエ島(オーストラル諸島)〜
*朝食: 船内食
*行楽: オーストラル諸島のライヴァヴァエ島に寄港し、観光します。
 〇
ライヴァヴァエ島の集落: 飛行機が就航していない孤島の暮らしを垣間見ます。
 〇
古代祭祀遺跡: ライヴァヴァエ島には古代の祭祀遺跡“マラエ”があります。
 〇
ライヴァヴァエ島のビーチ: ライヴァヴァエ島の美しいビーチを訪れます。
*昼食: お弁当(ピクニック)
*夕食: 船内食
*宿泊: アラヌイ5 ARANUI 5 (スタンダード部屋/スーペリア部屋)
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<15日目>01月22日(火)|航海13日目(最終日)
■行程: 〜パペーテ
*朝食: 船内泊
・・下船
*送迎: 専用車でクルーズ船の港からホテルへ。
*昼食: ローカル・レストラン または ホテル
*夕食: ローカル・レストラン または ホテル
*宿泊: ホテル・ロイヤル・タヒチアン(スタンダード部屋)または同等
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<16日目>01月23日(水)
■行程: パペーテ
*朝食: ホテル
・・自由: 終日、自由行動
・・昼食: 含まれません。各自、現地清算でお召し上がり下さい。
・・夕食: 含まれません。各自、現地清算でお召し上がり下さい。
*宿泊: ホテル・ロイヤル・タヒチアン(スタンダード部屋)または同等
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<17日目>01月24日(木)
■行程: パペーテ
*朝食: ホテル
・・自由: 終日、自由行動
・・昼食: 含まれません。各自、現地清算でお召し上がり下さい。
・・夕食: 含まれません。各自、現地清算でお召し上がり下さい。
*宿泊: ホテル・ロイヤル・タヒチアン(スタンダード部屋)または同等
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<18日目>01月25日(金)
■行程: パペーテ⇒
*送迎: 混載の送迎車でホテルから空港へ。
・・手続: 搭乗手続〜安全検査/出国
※移動: エア・タヒチヌイで空路、成田空港へ。
 TN−078 パペーテ    07:00⇒成田空港    14:05翌
  ----------------------国際日付変更線通過------------------------
・・宿泊: 機内泊
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<19日目>01月26日(土)
■行程: ⇒成田空港
・・帰国
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ピトケアン島では、下記の観光名所があります。
観光のリストに入っていない箇所でも、機会があれば訪れる予定です。

 ○
展望台
 ○
クリスチャン洞窟
 ○
バウンティ湾
 ○
アダムス・ロック
 ○
ヤング・ロック
 ○
畑(農地)

 ○
バウンティ号の大砲
 ○
バウンティ号の碇
 ○
ジョン・アダムスのお墓
 ○
アダムスタウン埠頭
 ○
アダムスタウンの伝統家屋(外観)
 ○
アダムスタウンの教会

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※内容は予告なく変更になる場合もあります。
※この旅行は手配旅行となります。
 
 2019年01月08日(火)成田空港出発
 エア・タヒチヌイ利用
 添乗員がパペーテ到着時から17日目までお世話致します。

<最少催行人数: 1名様で催行。定員6名様>
※このコースには添乗員が現地合流し、お世話致します。

※この旅行は手配旅行となります。

  
人数 現地発着代金 航空券代 合計
1名様でご参加 お問い合わせください お問い合わせください お問い合わせください
2名様でご参加 お問い合わせください お問い合わせください お問い合わせください
3名様でご参加 お問い合わせください お問い合わせください お問い合わせください
4名様でご参加 お問い合わせください お問い合わせください お問い合わせください
5名様でご参加 お問い合わせください お問い合わせください お問い合わせください
6名様でご参加 お問い合わせください お問い合わせください お問い合わせください
一人部屋追加料金 お問い合わせください
※添乗員付きの料金です。

●お申込期間: 
 出発3か月前までとさせて頂きます。
 お支払いは2か月前に完了となります。




●ご旅行代金には下記のものが含まれます。
*送迎:
 ・・パペーテ空港⇔ホテル往復送迎(混載送迎車)2回
*宿泊:
 ・・パペーテ:  ロイヤル・タヒチアン(スタンダード)または同等
 ・・船内泊: パペーテ出港からパペーテ帰港まで。
  ※ピトケアン島とラパ島の民宿での宿泊をご希望の方は別料金で承ります。
*食事: <朝15回/昼14回/夕14回>
*移動: パペーテ⇔ピトケアン島(アラヌイ5号切符代および手配手数料込)
*観光: 帰港する島々での観光が予定されています。

●ご旅行代金に含まれないもの
 *国際線航空券
 *航空券の他に別途徴収される税・料金(燃油付加料金など)
 *個人的な支払い(電話、FAX、ネット通信費/チップ/明記されていないお食事/
  お飲み物/オプショナルツアー)

●旅券(パスポート)/査証(ビザ):
 ・・旅券: 帰国時に6カ月+ご旅行日数分の残存有効期間が必要
     未使用の査証欄が見開き2ページ(左ページから連続4ページ)必要
 ・・査証: ピトケアンの上陸許可証(事前申請/現地取得)が必要です。
     事前手配手数料が10,800円です。
     査証の状況は変化しますので、当店にご確認下さい。






電話でのお問合せは・・・・080−5028−6007 まで

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